2011年4月21日木曜日

□津波の痕跡保存 〜鉄骨を残した庁舎や巨大船乗り上げ〜

東日本大震災の大津波による痕跡保存を求める動きが出てきているという。大惨事だけに慎重論もあるようだが、災害研究者らは「後世への教訓として残すべきだ」と訴えており、前向きな姿勢を見せている自治体もある。原爆の洗礼を受けた広島平和記念公園には「原爆ドーム」が残されている。二度と同じような悲劇が起こらないようにとの戒めや願いをこめており、とくに「負の世界遺産」と呼ばれている。

大津波の惨状はテレビで何度も見たが、とくにひどかったのは、三階建ての鉄骨だけを残し、多くの町職員が亡くなった宮城県南三陸町の防災対策庁舎である。佐藤仁町長は「賛否両論はあるが、町民の命を守ろうとした職員の記憶の場として残したい」と述べている。

もう一つは、釜石市所有の観光船「はまゆり」が隣町の岩手県大槌町の民宿に乗り上げた痕跡である。アメリカのメディアなどが津波の猛威を伝える写真に取り上げて発信した。釜石市は「がれき撤去の妨げになっている」として、解体の方針を決めている。観光船「はまゆり」は、微妙にバランスを保っている状態で、近くクレーンで下ろすという。

早稲田大学の高木秀雄教授(構造地質学)は「地元の方には思い出したくもない存在かもしれないが、長期的展望に立ち、津波防災の啓発に活用してほしい」と強調している。また、静岡大学の小山真人教授(火山学)も「何の説明がなくても津波の脅威を衝撃的に語る貴重な教材であり、世界遺産の価値がある。何も残さないと防災意識の風化は早い」と訴えている。

住民感情は複雑である。宮城県気仙沼市鹿折地区で小野寺久行さんは、大きな漁船を指差した。「この船の下に実家があるんです」。実は、父親と妹が亡くなり、母親は行方不明。「被害を忘れてほしくないが、周りが整備されて、ここだけ残されても…」と声を落とす。

プログで路上の巨大漁船の写真をアップする人もいる。「知人などに現状を伝えたいが、つらい人もいると思う」と気遣っている。巨大漁船の保存を求める要望が住民からも出ているようで、市では「被災したエリアごと残すとか、今後の町づくり次第ではないか」と言っている。

岩手県田野畑村では、鉄骨しか残らなかった製氷施設がある。村総務課は「何か残した方がいい。間違いなく語り継がれる」と保全に理解を示している。問題は維持費である。国などの支援があれば検討するそうである。