福島原子力発電所は東日本大震災によりチェルノブイリ原発事故に次ぐ大事故で、スリーマイル島原発事故を越える原発事故になりました。現在、20キロ圏内の住民は被ばくの恐れがあるとして避難命令が出されています。問題は解決しておらず、さらに被害が大きくなる可能性が十分にあるといわれています。チェルノブイリ原発事故と同じ放射能物質の大量放出を起こさないよう祈るばかりです。
そこでチェルノブイリ原発事故とスリーマイル島原発事故を教訓に振り返ってみたいと思います。旧ソ連のウクライナ共和国プリピャチ市にあるチェルノブイリ原発事故は、1986年4月26日未明に起こりました。爆発により原子炉が破壊され、火災が発生し、消火のために、ヘリコプターから原子炉の炉心に総計5,000トンにおよぶ砂や鉛などが投下されました。火災は爆発から14日後の5月10日にようやく収まりました。
この原発事故により、原子炉内にあった大量の放射能物質が大気中へ放出されました。放射能は風にのり、世界各地に広がったのです。チェルノブイリから約8,000キロ離れた日本にも、野菜・水・母乳などから放射能が検出されました。
原発事故から25年、プリピャチ市は今も廃虚のままです。その間に「グラスノスチ(情報公開)」が始まったソ連は崩壊しましたが、過去と将来にわたり数千とも数万ともいわれる被ばくによる死者は現在も続いています。チェルノブイリでは、今なお周囲30キロが居住禁止になっているというのです。
今から約20年前の1979年3月28日、最も技術が進み情報公開先進国ともいわれるアメリカでも東部ペンシルバニア州にあるスリーマイル島の原子力発所で大量の放射能を撒き散らすという事故が起きました。原子炉の核心部ともいえる炉心部分が冷却水不足のために溶けてしまうという大変な事故でした。
「原子炉が爆発するのか。大都会の集中したアメリカ東部が崩壊するのか」というニュースが続き、事故3日後には「8キロ以内の学校閉鎖、妊婦・学齢前の幼児の避難勧告、16キロ以内の住民の屋内待機勧告」などが出され、周辺の自動車道路では避難する車による大パニックが発生しました。格納容器に充満した水素ガスが爆発をおこす可能性が高まっていたからです。
チェルノブイリ事故より7年も前に発生したスリーマイル島の事故によって世界中の人々が原発事故の恐さを実感しました。しかし、この二つの大事故は現在の日本では全く忘れかけていたのですが、今回の福島原発の事故に遭遇して、貴重な教訓になったと思います。一刻も早い危機克服と地域の再建をなしとげて、がんばろう日本の底力を世界に示したいものです。