2011年5月12日木曜日

□三陸海岸大津波 〜教訓と警鐘をもたらす凄い記録文学〜

作家の吉村昭が生前に書き上げた文春文庫「三陸海岸大津波」が大きな反響を呼んでいるというので、買い求めて読んでみた。テレビで見た東日本大震災の大津波と全く同じような三陸海岸の惨状がリアルに描写されていた。大津波の教訓と警鐘をもたらす貴重な記録文学である。

三陸海岸は、リアス式海岸として、日本で最も複雑な切り込みのある海岸線で、沖合いは世界有数の海底地震多発地帯である。巨大なエネルギーを秘めた海水が、湾口から入り込むと、奥に進むにつれて急速に海水はふくれ上がり、すさまじい大津波になる。背骨ともいうべき北上山脈がせり出し、大断崖が随所に屹立して海と対している特有の地形が大津波を誘発するのである。

青森・岩手・宮城の三県にわたる三陸海岸は、明治29年、昭和8年、昭和35年と過去三たび大津波に襲われている。とくに26,360人の死者が出た明治29年の大津波について吉村昭は、三陸沿岸を歩いて古老たちを訪ね、当時の前兆、被害、救援の様子など生々しい体験談を聞き取り調査してノンフィクションで再現している。

岩手県田老村を襲った津波の被害は激甚をきわめたが、村民の一人は次のように証言している。沖合いからの異様な音をいぶかしんで海を見ると、海水がすさまじい勢いで引き、700メートル近く海底が露出した。その直後、40メートルほどの高さの黒い波濤が海岸に突進してきて、停泊していた船や海岸に密集する家屋にのしかかった、と述べている。

その田老村は、戦後、高さ10メートル長さ1,300メートルという大堤防を築き、万全の備えを図った。しかし、その大堤防も今回の東日本大震災の大津波には勝てず、高波に乗り越えられ決壊してしまった。田老村は明治以来3度目の壊滅に遭ったのである。あまりにも似通った惨劇が繰り返されたことに慄然とする。昭和35年のチリ地震の津波は、地震がなくても、一漁師が口にしたように、津波は「のっこ、のっことやって来た」のである。

津波の前兆現象として得た証言として、イワシの豊漁や沖合での轟音、海上の発光、井戸水の渇水などを丹念に聞き集めている。明治29年6月、三陸沿岸はマグロ、イワシ、カツオなどが前例を見ない大豊漁に見舞われた。津波に襲われた40年前の安政3年にもイワシの大豊漁でにぎわった。昭和8年3月にもイワシの大群が海岸近くに殺到して大漁に沸いた。岩手県の三陸地方には、イワシがよく捕れるときには大津波がある、という言い伝えがある。

津波の惨禍を事実への執念として捉えたこの本を読んで、多くの犠牲で高まった防災意識が、やがて日常のうちに風化していくことの恐ろしさを知り、もはや「想定外の天災」などという言葉は使えないと思った。

歴史小説作家、吉村昭(1927〜2006年)の比較的初期の作品で、原題は「海の壁」。昭和45年、中公新書で刊行され、文春文庫で「三陸海岸大津波」に改題された。東日本大震災を受けて注文が殺到し、今月1日、5万部を重版している。