2011年6月2日木曜日

□岡山県の自然災害 〜地震・津波より台風・豪雨の被害が目立つ〜

全国で自然災害が一番少ないのは岡山県と言われています。過去の災害を調べてみますと、地震・津波による災害は県外で発生した影響を受けているため非常に少なく、むしろ台風・豪雨による災害の方が目立っています。しかし、安全地帯といっても災害は忘れたころにやってきます。「明日は我が身」と心得て、常に防災意識を高めておかねばなりません。過去の主なデータを振り返ってみます。


【地震】
岡山県内の地震災害は、県外で発生したマグニチュード7から8クラスの安政地震、北丹後地震、鳥取地震、南海道地震などで発生しています。県南部のごく一部で震度6を記録したのが最高です。明治35年から平成13年にかけて震度4以上を記録したのは14回あります。

このうち死者が出たのは、2回あります。明治35年、宮崎県北部地震で死者2人、昭和21年、南海道地震の死者52人が最高でした。南海道地震では、児島湾北岸、高梁川下流域で甚大な被害がありました。平成12年、鳥取地震では、震源に近い阿新・真庭をはじめ岡山市の軟弱地盤で大きな被害があり、5人の重傷者が出ました。阪神大震災では負傷者は1人でした。

【津波】
津波は、瀬戸内海に面しているため、外海からの侵入は小さく、チリ地震津波による最大振幅21センチが最高でした。古い記録によりますと、安政地震の津波は「丈余の海嘯(かいしょう)があった」と記載されています。「海嘯」は河口に入る潮波が垂直壁となって河を逆流する現象です。潮津波 (しおつなみ)とも呼ばれ、昭和初期までは地震津波 も「海嘯」と呼ばれていました。

南海道地震による県下の津波の余波は、最高潮が1メートル以下で被害はほとんどなかったのですが、旭川では津波により相当の急流となって逆流したため、小舟の運行は中止され、津波の高さは4メートルを観測しています。三蟠港では、引き潮、満ち潮が交互に起こり、青土が潮とともに吹き上がり土手が作られました。

【台風・豪雨】
昭和47年6月、台風3号くずれの発達した低気圧が岡山県を通り県下全域に被害が発生しました。死者1人。翌7月には、梅雨前線が活発になり、豪雨となったのです。雨量は三大河川の上流域に多く、被害は県西部に多発しました。死者は16人。昭和51年9月、台風17号と前線により記録的な豪雨となり、大規模な被害が発生しました。死者18人。罹災者は21,616人でした。

平成2年9月、台風19号の接近により雨量は虫明などでは500ミリを超す豪雨となり、河川の氾濫、がけ崩れの被害が多く出て、東備地方には災害救助法が適用されました。死者10人。那岐山ろくでは広戸風が吹き荒れました。平成10年10月、台風10号が四国から日本海に抜ける際、強い雨が降り、吉井川、旭川水系では河川の増水で床上・床下浸水の被害が出ました。死者は5人、行方不明1人でした。

地震の話に帰りますが、岡山県内の活断層は津山盆地北部の長さ30キロメートル程度のものを最大に、県北西部から南西部に小規模のものが分布しています。また、山崎断層系のものが県北東部まで伸びていますので、手放しの楽観は許されません。